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淡路島の北東、大阪湾に面した海岸沿いの浦村(現在の東浦町)が父の郷里。生家は白壁を巡らした大きな屋敷だ。朝は釣り。タコなどは塩ゆでにしてつるしておく。その足を1本ずつかじるのがおやつ。小海老のから揚げ、小アジの南蛮漬け。どれもなつかしい味がする。家の周りには畑が広がり、トマトやキュウリはその場でかじった。花が絶えることない温暖な風土。豊穣の島だ。
代々の農家ながら祖父は海に憧れた。ついに機帆船を手に入れ、大阪と九州の間を行き来する回船業に乗り出した。道楽のつもりがこちらの方が本業のようになってしまい、博多やあちこちの港町に逗留しては各地の風物を楽しんでいたらしい。
江戸後期、北辺の蝦夷地交易で活躍した高田屋嘉兵衛は浦村の反対の西海岸の出身。嘉兵衛の数奇な運命を扱った「菜の花の沖」で、司馬遼太郎は「淡路の国は古来、海人の国でもあった」という。「『古事記』に、男女神があらわれて国生みをするという話がその冒頭に出てきて、まずこの島を生むというのが、なにごとかを暗喩している」として、「もともとこの島の海人部(漁撈族)の神話が大和政権に吸いあげられたものかとおもわれる」と記している。
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